研究目的農作物生産におけるモノカルチャーの拡大は農業産業化に貢献した一方、その弊害として生物多様性の喪失、土壌衰退、 ひいては地球規模の環境破壊の増大を招いた。世界人口急増という目下の課題の元、モノカルチャーの包有する悱弱性・環境 リスクには注意が向けられるものの、生産者にとって利便性の高いシステムであり、直ちに停止することは事実上困難である。 そこで、モノカルチャーを排除せず受け入れつつも、生物多様性を担保する新しい栽培システムの構築を「接木(接ぎ木)」 という古典的な農業手法を革新して実現する。
接木は、二つの植物を一つに接ぐことでそれぞれの有用形質を共に発揮させる手法であり、古くから農学・園芸的に重要な 技術である。接木は地上部をなす植物(穂木)と地下部の根をなす植物(台木)からなり、地上部に栽培品種を、地下部に 土壌病害や土壌ストレスに耐性を持つ品種を使うことで、農作物を健全に栽培することができる。しかし、接木には技術的に 強い制限があり、接木する植物の組み合わせによっては接木が成立しない接木不和合と呼ばれる現象がある。この制限を解消 することができれば、従来の接木法は拡張され、様々な農資源を接木により自由に組み合わせて活用できる。即ち、食用部に なる地上部に単一の栽培品種を、地下部に台木として多様な品種や多様な植物種を混合して用いることができ、一種類の農作 物を栽培するモノカルチャーを実施しつつ、地下部では土壌生態系の多様性を維持する頑強な栽培システムを実現できる。
本研究室では、われわれが最近開発した異科接木法を植物科学を基盤にさらに発展させ、(1)接木部位の接着性を向上させる技術、 (2)通道組織の発達を促進する技術を確立して接木の組み合わせを大幅に拡張し、モノカルチャーと多様性を共実現する新たな 農資源活用プラットフォーム技術の構築を目指している。
研究の背景接木イベントを学術的に理解する試みは技術の普及の割にはそれほど多くなく、未解明な部分が多い。形態学的な解析によると、 接木部位で傷口から新たに細胞が増殖し、それらの細胞が接着し、やがて通道組織を発達して接木部位を元通りに修復することが 知られている。分子レベルの解析はわれわれの研究をはじめ、開始されたばかりである。遺伝子配列を安価に高速で取得できる時代 になり、われわれもこれまでにタバコ属のゲノム情報を取得し、接木の分子機構を調べる研究体制を整えてきた。 本研究室では接木現象を科学的に記述し、生物工学的アプローチで次世代型技術の確立を目指す。
接木は、様々な生物イベントが時系列で段階的に起こることで果たされる。原理的には、傷応答、組織/細胞の脱分化、細胞増殖、 細胞接着、細胞分化/再組織化が、数日から数週間かけて連続的に起こる。本研究テーマは接木現象を分子レベルで捕捉し、各プロセス に必須となる鍵分子を浮き彫りとし接木イベントを制御する系を確立するものであり、生命科学の本質を為す「問い」を様々に包有する。 さらに接木の和合・不和合の決定要因は何かという問題にも取り組み、植物の自己・非自己認識や免疫機構といった生態 系における植物の防御機構や共生機構といった生物間相互作用の基本様式を追求する。以上は、いずれも多くの植物学 研究者が取り組む重要な課題であり、本研究室では接木という生物現象を通して植物科学に普遍的に介在する学術的「問い」に迫る。
接木法
研究成果(1)標的する接木は、二千年を越える歴史を持つ農業に不可欠な技術であり、多様な用途を持ち利便性が高く、生態や自然環境へのリスクを 低減できる技術である。しかし、接木不和合が原因で接木が成立しないことが頻繁に起こり、技術の幅広い普及を妨げてきた。われわれの研究グループでは 実現不可能と考えられてきた科を超えた遠縁の植物の接木を実現するタバコ属植物を発見し、その能力を学際的理解を通して拡大して活用することで、 現代社会の抱える農資源に関する課題を解消したいと考えている。これまでの研究で、タバコ属は食用や原料となる農資源を含む殆ど全ての陸上植物と 接木可能な潜在能力を持つことを明らかにした。
研究成果(2)接ぎ木とは二つ以上の植物を手術により一つの個体に繋ぐ方法で、農業的に有史以来の重要であるばかりではなく、近年の植物科学分野においても、 個体発生を空間的に理解する上で不可欠な技術となっている。これまで限られた実験者しか施術ができなかった「モデル植物シロイヌナズナの発芽 直後の接ぎ木法」を、簡便かつ効率的にする接ぎ木装置を、MEMS技術と3Dプリンティング技術を融合したソフトリソグラフィにより開発している。
研究課題(1)接着性を向上させる技術の確立
タバコ属の異科接木能を分子生物学的に解明することで、生物工学的に接着性を向上させる技術を構築する。
タバコ属の異科接木の分子生物学的解析
これまでにタバコ属の異科接木について、接木成立までの時系列を追った解析を行った。
➢組織レベルの形態学的解析により、細胞増殖、細胞接着、再組織化の時期を特定した。
➢接木の分子機構解明のため、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボローム、ホルモノーム解析を行い、各オミクス解析で統計的に有意な分子イベントを抽出した。
接木部位の形態学的解析
(2)通道組織を発達促進させる技術の確立
これまでの植物科学分野において蓄積した通道組織の発生に関する知見に基づき、生物工学的・生化学的アプローチによって通道組織の発達促進を制御する技術の構築に取り組む。
➢ 生物工学的アプローチ
➢ 生化学的アプローチ