ブラシノステロイドはイネの草型を変化させる!

 「半矮性化」の項で述べたように、ジベレリン量を変えることにより、イネの草丈を調節し、収量を増加させることが可能だ。しかし、収量を上げるには草丈以外にも改良しなければいけない形質がたくさんある。例えば、限られた面積で栽培するイネの収量を増やすには、イネの葉を立てる(直立葉)ことが重要だ。図5を見て欲しい。直立葉型のイネは周りのイネとの接触が少ないため、栽培する時に間隔を狭めても下の葉まで太陽光が届く。結果として水田全体で見ると光合成能力は向上する(図5右)。光合成の効率が上がれば、高収量が期待できる。私たちは、イネの葉の直立性を制御する因子として、植物ホルモンの1つであるブラシノステロイドが重要な役割を果たしていることを発見した(図6)。この変異

体は草丈が短くなるだけでなく、葉が立つことがもう一つの特徴だ。この変異体の原因遺伝子を調べたところ、ブラシノステロイドの受容体が壊れていることが解った。その後、ブラシノステロイドの合成変異体も同様の形態変化を起こすことが確認され、イネのブラシノステロイド関連変異体の特徴として、矮性と葉が直立することが確かめられた。
  そこで、ジベレリンで行った時と同じように、ブラシノステロイドの合成量が減少すれば、イネの葉が直立し光合成能力が高まるのではないかと考えた。しかし、ブラシノステロイドはイネの生育に必須なホルモンで、その量が減少すると強い矮性とともに、非常に奇形なイネになってしまう(図6の挿入図)。

従って、ブラシノステロイド量の調整には注意が必要となる。そこで、私たちは細心の注意を払って、葉が直立してもそれ以外の形態はほとんど変化が見られない突然変異体を探すことにした。そして見つけたのがosdwarf4と名付けられた変異体だった(図7)。この変異体は写真からも分かるように、その草丈はもとの品種である日本晴とほとんど変わらないが、葉が直立しているのが特徴である。この突然変異の原因を調べたら、予想したとおり、ブラシノステロイド合成に関わる酵素遺伝子が壊れていることが分かった。さらに詳しく調べたところ、面白い事が分かった。それは、イネにはこのOSDWARF4酵素と同じ活性を持つ酵素遺伝子がもう一つ存在すると言うことだ。

この結果、OSDWARF4が壊れても、もう一つが残っているためにひどい形態異常や矮性を示さず、直立した葉とわずかな矮性だけに異常が限定されたのだ。実際、このOSDWARF4酵素ともう一つの酵素(この酵素が壊れた変異体をd11と呼ぶ)の両方が壊れた変異体(osdwarf4/d11、このような変異体のことをダブルミュータントという)を作ると、もはやイネはブラシノステロイドをほとんど作ることができなくなり、形態異常を伴った強い矮性を示すことになる(図7)。このダブルミュータントは、ブラシノステロイドを合成できない別の変異体と非常によく似た形態を示すので、やはり、osdwarf4変異体はブラシノステロイドの合成がわずかに減少した微妙な変異体と言うことができる。


マイクロアレイ ゲノムシーケンス ゲノムインフォマティックス プロテオーム 変異体の利用 完全長cDNA 種子数の増加 直立葉化 分げつ数の増加 半矮性化 根の形成

ブラシノステロイドを利用したイネの収量増加は可能か?

 それでは、この葉が直立したosdwarf4変異体は育種に利用できるのだろうか。それを調べたのが図8だ。少しややこしい図だが細かく見ていこう。まず一つ一つの棒の下に書いてあるWやMは、Wがもとの品種(日本晴)でMがosdwarf4変異体を意味する。その下の密度というのは、それぞれの品種(日本晴とosdwarf4変異体)を1u当たり何株植えたかを意味しており、22.2株は通常の栽培条件で、44.4株は通常の2倍、つまりかなり密に栽培したことを意味する。その下の、施肥は加えた肥料の量で、左から、通常量、その1.5倍、2倍と増加させた条件で栽培した。さて、通常の栽培条件で、この2つのイネの収量を比べると、日本晴が4.5t/haであるのに対して、osdwarf4変異体は4t/ha程度と収量は少ない。一方、通常の2倍の密度で栽培した場合(44.4の場合)、日本晴が5t/haであるのに対して、osdwarf4変異体は6t/ha程度に収量は増加する。やはり予想したとおり、直立葉を持つosdwarf4変異体は、普通の品種に比べて、高密度の栽培条件で高い収量をもたらすことが可能と言うことがわかる。この高収量は、必ずしも肥料の量を増やす必要がないことも分かった。これまでの実験結果で、茎葉でのブラシノステロイド含量を少しだけ減らし葉を立てることにより、イネの草型を改良すれば、単位面積当たりの収量を増加させられるという、私たちの考えは正しいことが証明された。