イネが水田で育つために最適な根を生み出すしくみの解明
〜イネ科畑作物の耐湿性育種への応用に向けて〜

2024年7月19日
イネが水田で育つために最適な根を生み出すしくみの解明

国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学生物機能開発利用センターの山内 卓樹 准教授は、同大学大学院生命農学研究科の中園 幹生 教授、李 京霞 博士後期課程学生、吉岡 博文 准教授、髙橋 宏和 准教授、遺伝子実験施設の多田 安臣 教授、野元 美佳 講師らとの共同研究により、イネが水田のような酸素の欠乏した冠水土壌に適応するために、カルシウム依存的に生成される活性酸素種をシグナルとして、植物体内の酸素の通り道である通気組織と呼ばれる空隙を形成するとともに、通気組織を広範囲にもつ適応的な根を生み出すしくみを解明しました。
 近年の異常気象により、局所的な大量の降雨による農作物の被害が世界的に深刻化しています。国内では、水はけの悪い水田転換畑で多くの畑作物が栽培されている現状から、耐湿性の強い畑作物品種の作出が求められています。本研究の成果によって、コムギやトウモロコシなどの農業上重要なイネ科畑作物に対して、通気組織を広範囲にもつ適応的な根を多く生み出す能力を賦与し、耐湿性の強い畑作物品種を育成するための新たな道筋が示されました。
 本研究の成果は、2024年6月7日付アメリカ植物生理学会の学会誌「Plant Physiology」電子版に掲載されました。

【ポイント】

  • ● イネのカルシウム依存性プロテインキナーゼ(CDPK)注1)は活性酸素種注2)の生成を担うNADPHオキシダーゼ(RBOH)注3)をリン酸化によって活性化し、不定根注4)における低酸素誘導的な通気組織形成注5)を促進することを解明した。
  • ● イネのCDPKとRBOHが誘導的な通気組織形成だけではなく、被子植物に共通の低酸素応答機構の1つである不定根の発生を制御することを明らかにした。
  • ● 水田のような冠水土壌注6)で育つイネが低酸素に応答して植物体内の酸素の通り道である通気組織を広範囲に形成した不定根を発生させるしくみを解明したことで、耐湿性の強い畑作物品種を作出するための道筋が示された。

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【用語説明】

注1)CDPK:
カルシウム依存性プロテインキナーゼ(calcium-dependent protein kinase; CDPK)は、細胞内に存在するCa2+に依存して活性化されることで、標的とするタンパク質をリン酸化する酵素である。特にGroup Iに属する一連のCDPKは、病害応答時にRBOHをリン酸化することで活性化し、シグナル分子である活性酸素種の生成を促進する。

注2)活性酸素種:
活性酸素種(reactive oxygen species; ROS)は、酸素(O2)が還元されて生じる反応性(酸化力)の高い分子および関連する分子群の総称である。ROSには、スーパーオキシドアニオンラジカル(O2・-)、ヒドロキシルラジカル(OH)、過酸化水素(H2O2)などがある。ROSは生体内でシグナル分子として機能して様々な生命現象を制御する。

注3)RBOH:
NADPHオキシダーゼの植物ホモログ(respiratory burst oxidase homolog; RBOH)は、細胞膜に局在して細胞膜外(apoplast)において酸素からスーパーオキシドアニオンラジカル(O2・-)を生成する。O2・-は、自発的または酵素反応を介して過酸化水素(H2O2)に変換されたのち、細胞質内(cytoplasm)に拡散してシグナル分子として機能すると考えられている。

注4)不定根:
不定根(adventitious roots)は、イネでは冠根(crown roots)とも呼ばれ、幼根(種子胚の発生過程で形成され、双子葉植物では後に主根となる)以外の根である。イネの幼根は生育の過程で機能を失うが、複数の不定根から構成される“ひげ根状の根系”を形成する。

注5)通気組織:
破生通気組織(lysigenous aerenchyma)は、葉や茎、根において細胞死をともなって形成される空隙である。イネ科植物の根の皮層に形成される(破生)通気組織は2つに大別される。恒常的通気組織は、イネなどの冠水に適応した植物種のみに観察され、環境に依存せず根の成長にともない形成される。一方、低酸素に応答して形成される誘導的通気組織は形成速度や形成範囲に違いあるが、イネ以外のイネ科畑作物の根にも観察される。

注6)冠水土壌:
冠水土壌(waterlogged soils/flooded soils)は、長期的な降雨や水田転換畑のように水はけの悪い性質と関連して、土壌中に存在する気相が水に置き換わった土壌の状態を示す。冠水土壌では、土壌中の酸素が欠乏することで植物の根が呼吸するために必要な酸素が失われるため、湿害が発生して畑作物の収量が低下する。

【論文情報】

雑誌名:Plant Physiology
論文タイトル:CDPK5 and CDPK13 play key roles in acclimation to low oxygen through the control of RBOH-mediated ROS production in rice(CDPK5とCDPK13はRBOHを介した活性酸素種の生成を制御することでイネの低酸素への応答に重要な役割を果たす)
著者:Jingxia Li, Takahiro Ishii, Miki Yoshioka, Yuta Hino, Mika Nomoto, Yasuomi Tada, Hirofumi Yoshioka, Hirokazu Takahashi, Takaki Yamauchi, Mikio Nakazono
(李京霞、石井陽大、吉岡美樹、日野雄太、野元美佳多田安臣吉岡博文髙橋宏和山内 卓樹中園 幹生)下線は本学教員
DOI: 10.1093/plphys/kiae293
URL: https://academic.oup.com/plphys/advance-article/doi/10.1093/plphys/kiae293/7689788?login=true

【研究代表者】

大学院生命農学研究科 中園 幹生 教授
生物機能開発利用センター 山内 卓樹 准教授