ベンサミアナタバコの全ゲノム配列を解析

2023年2月10日

【本研究のポイント】

  • ● 長らく明らかにされていなかったベンサミアナタバコのゲノムを、染色体レベルで解読した。
  • ● 過去に交雑した植物に由来する染色体領域を推定した。
  • ● 異科接木の成立時に発現が上昇する遺伝子群の染色体構造を明らかにした。

【研究概要】

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学生物機能開発利用研究センターの黒谷 賢一 特任講師と野田口 理孝 准教授らの研究グループは、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所大量遺伝情報研究室の中村 保一 教授、公益財団法人かずさDNA研究所植物ゲノム・遺伝学研究室の磯部 祥子 室長と共同で、生物間相互作用のモデル植物であるベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana)の全ゲノム配列(全遺伝子)を解読しました。
 ベンサミアナタバコは、以前より植物ウイルス等の病害応答の研究に広く使われていました。それに加え、一般に不可能とされていた異なる科の植物との接木が可能なことを、名古屋大学の同研究グループが2020年に報告しています(P3の※2020年の報告URL参照)。
 このように、ベンサミアナタバコは、異なる生物間の応答や相互作用を研究する題材として非常に優れています。しかしながら、およそ1000万年前に起こった近縁植物種間の交雑により、2種の植物の染色体に由来する複雑なゲノムを持っているため、そのゲノム構造は長らく明らかにされませんでした。
 本研究では、長鎖塩基配列を解読する最新の次世代シークエンス技術注1)を駆使し、染色体レベルに限りなく近いゲノム構造を明らかにしました。これにより、重複した遺伝子構成をより詳細に理解することが可能となりました。ベンサミアナタバコの有用な性質の科学的な理解がゲノム解読によってさらに加速することで、植物科学の今後の発展が期待されます。
 本研究成果は、重要植物ゲノムの日本からの独自公開であり、2023年2月9日付、日本植物生理学会の発行する国際学術雑誌「Plant and Cell Physiology」に掲載されました。

【研究背景と内容】

ベンサミアナタバコ(Nicotiana benthamiana、図1、以下「N. benthamiana」)は、植物科学において最も広く用いられている実験モデル植物の1つです。多様な植物病害、特に植物ウイルス病に対して感受性が高い(病気にかかりやすい)ため、植物病理学においては古くから研究対象となってきました。最近ではCOVID-19のワクチン製造へ利用できるということで注目されています。一方、これまでの研究により、N. benthamianaは植物の接木において高い接着力を持っており、植物ではこれまで実現が不可能であるとされていた、異なる科に属する植物間の接木(異科接木)が可能であることが示されました。

図1. ベンサミアナタバコ
図1. ベンサミアナタバコ

 ナス科は温帯から熱帯に広く分布しており、ジャガイモ、トマト、ナス、ペチュニア、タバコなど、世界で最も重要な作物が多く含まれています。N. benthamianaを含むタバコ属植物は、近縁種間の交雑が繰り返されたと考えられています(図2)。N. benthamianaが交雑によって出現したのは約1000万年前と推定されており、最も広く栽培されている栽培タバコ種であるNicotiana tabacum(以下「 N. tabacum」)の出現時期が20万年前頃であることと比べて、起源が古いと考えられていました。タバコ属の染色体は12組が基本ですが、上記の交雑の過程でN. tabacumは染色体が倍化して24組となっています。それに対し、N. benthamianaでは染色体は19組であり、倍加したあとに、一部のゲノム領域や染色体が失われた可能性が指摘されていました。

図2. タバコ属の系統進化
図2. タバコ属の系統進化

 これまでにもN. benthamianaのゲノムは解析が試みられてきましたが、複雑な倍数性構造のため、細かく分割されたスキャフォールド注2)(141,000スキャフォールド)のレベルでしか解読されておらず、染色体レベルには到達していませんでした。そのため、遺伝子間の連鎖状態が不明であったり、遺伝子発現の制御領域の配列情報が不足していたりしたため、それらの問題が遺伝学的な解析を進めるうえで障壁となっていました。今回、長鎖塩基配列を解読する最新の次世代シークエンス技術を駆使することで、染色体レベルに限りなく近い配列を解読し、これまでの情報を補完することに成功しました。1,668個のスキャフォールドとして解読し、そのうち最も長い21本のスキャフォールドで全体の95.6%、2,798.9 Mbの配列を決定しました(図3左)。N. tabacumでは過去に交雑した種の由来が比較的明確に区別できることが示されていましたが、解析の結果から、N. benthamianaでは、交雑親種のゲノム配列が複雑に混じり合って、明確な見分けがつかないことから、その起源の古さが明らかになりました(図3右)。

図3. N. benthamianaのゲノム
図3. N. benthamianaのゲノム
(左)21スキャフォールド上のレトロトランスポゾンの分布。
(右)普通タバコの祖先種ゲノムとの相同性比較およびSSRマーカーによる対応する染色体領域の推定。

【成果の意義】

 本研究により、情報が不足していた各遺伝子の発現制御領域の配列や、染色体上の連鎖状況、また遺伝子のコピー数などについて情報が更新されたことで、N. benthamianaを用いた遺伝学的解析が飛躍的に容易となりました。また、ゲノムの全容の解読によって、高い接木親和性やウイルス感受性を持つN. benthamianaのさらなる有効な活用法の開発について加速が期待されます。

 この研究は、科学研究費助成事業(22K06181、21H00368、21H05657、20H03273)、科学技術振興機構(JPMJPR194G)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(JPNP20004)の支援のもとで行われたものです。

※2020年の報告:
 ・2020年8月7日付
 「植物の接木が成立するメカニズムを解明 タバコ植物はいろいろな種の植物と接木できる」
 https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2020/08/post-366.html

【用語説明】

注1)次世代シークエンス技術:
既知の配列情報(シークエンス)を足がかりに、それにつながる配列を個別に決定していた旧来のDNA配列解析とは異なり、数千から数百万のDNA分子を同時に配列決定可能な基盤技術。全ゲノムから作成したゲノム断片のライブラリーを網羅的に解読し、あとから各解析断片の共通部分をのりしろとしてつなぎ合わせることで、断片化する前の配列を再構築する。

注2)スキャフォールド:
次世代シークエンサーによって解読される遺伝子配列は、断片化された多数の配列情報からなる。これらの断片的な配列をその相同性をもとに、それ以上つなげることができない長さまでつなぎ合わせたものをスキャフォールドと呼ぶ。

【論文情報】

雑誌名:Plant and Cell Physiology
論文タイトル:Genome sequence and analysis of Nicotiana benthamiana, the model plant for interaction between organisms
(生物間相互作用のモデル植物ベンサミアナタバコのゲノム解析)
著者:Ken-ichi Kurotani, Hideki Hirakawa, Kenta Shirasawa, Yasuhiro Tanizawa, Yasukazu Nakamura, Sachiko Isobe†, Michitaka Notaguchi†
(黒谷 賢一、平川 秀樹、白澤 健太、谷澤 靖洋、中村 保一、磯部 祥子†、野田口 理孝†)†共同責任著者
DOI: 10.1093/pcp/pcac168