作物の環境ストレス耐性の強化に幅広く貢献する根の通気組織の形成メカニズム
~根の細胞への酸素の供給と細胞を維持するためのコストの削減~

2021年11月30日

 名古屋大学生物機能開発利用研究センターの山内卓樹准教授と大学院生命農学研究科の中園幹生教授は、イネ科作物の根の皮層細胞の選択的細胞死によって形成される破生通気組織の形成メカニズムに関して、主に耐湿性の観点から研究を展開してきました。これまでに、オーキシンやエチレン、活性酸素種などの植物ホルモンを介したシグナル伝達が、通気組織形成を複合的に制御することを発見しました。根の通気組織形成は、地上部から水田のように冠水した土壌中に存在する根の細胞に、酸素を効率よく供給するために重要な形質です。最近の研究では、通気組織が乾燥土壌や貧栄養土壌において、作物の根の細胞を維持するコストを削減し、限られたエネルギーを有効に利用することで根を深く広く張ることに貢献することも分かってきました。そこで本論文では、将来の通気組織研究の発展を目的として、冠水や乾燥、貧栄養に応答した通気組織形成メカニズムの理解についての現状を報告しました。
 本研究成果は、2021年11月20日付英国科学誌「Trends in Plant Science」電子版に掲載されました。

【ポイント】

  • ・破生通気組織は、根の皮層細胞の選択的な細胞死によって形成され、農業上重要なイネ科作物やマメ科作物の根に共通してみられる。
  • ・耐湿性の強いイネは、酸素が豊富に存在する土壌でも恒常的に通気組織を形成するとともに、冠水に応答してその形成範囲を誘導的に広げる。一方、耐湿性の弱いイネ科畑作物では、冠水に応答して誘導的に通気組織を形成する注1)
  • ・恒常的通気組織形成にはオーキシンシグナル伝達注2)が関与し、誘導的通気組織形成にはエチレンと活性酸素種によるシグナル伝達注3)が関与する。
  • ・乾燥環境での通気組織形成のメカニズムは全く分かっておらず、貧栄養環境での通気組織形成過程では、根のエチレンに対する感受性が高まることが報告されている。

【研究背景と内容】

 国連食糧農業機関(FAO)の2021年の統計では、2008年から2018年の世界の食料生産に干ばつ(34%)および冠水(19%)による被害が最も大きな影響を与えたことが報告されています。温暖化による気候変動は、悪化の一途を辿ることが懸念されており、作物の耐乾性や耐湿性を強化することが、今後より一層重要な農業上の課題になることが想定されます。
 通気組織は、植物体内に形成される空隙であり、大気中に位置する地上部から冠水した根に酸素を供給することに貢献します(図1)。そのため、通気組織の形成 は、作物の耐湿性の強弱を決める重要な形質の1つです。最近では、通気組織が乾燥土壌や貧栄養土壌において、根が深く広く伸長するために有効な形質であることも報告されています。その要因として、細胞死をともなう通気組織形成は、根の単位体積あたりの細胞の維持にかかるコスト(呼吸による代謝コスト)の削減に寄与することが挙げられます。
 通気組織形成のメカニズムに関する研究は、耐湿性の観点から主にイネ科植物を対象として進められてきました。その中で、イネなどの湿生植物の恒常的通気組織形成には、転写因子Auxin response factor(ARF)と転写抑制因子AUX/IAA protein(IAA)を介したオーキシンシグナル伝達が関与することが明らかにされました(図1)。また、冠水環境では酸素の欠乏に応答して、ACC合成酵素(ACC synthase; ACS)およびACC酸化酵素(ACC oxidase; ACO)の活性が高まります。生合成されたエチレンは、respiratory burst oxidase homolog(RBOH)の発現を誘導し、活性酸素種の1種であるスーパーオキシドアニオンラジカル(O2・-)を生成することが示されました(図1)。この時、イネではカルシウム依存的リン酸化酵素(calcium-dependent protein kinase; CDPK)がRBOHをリン酸化して機能を活性化します。
 乾燥環境や貧栄養環境でも、非湿生植物のトウモロコシやオオムギなどでは、通気組織形成が誘導されることが知られていますが、そのメカニズムの詳細は明らかにされていません。トウモロコシでは、窒素やリンの欠乏に応答してエチレンの生合成は低下する一方、エチレンに対する感受性が高まるため、冠水環境と同様に、エチレンを介したシグナル伝達が、乾燥環境や貧栄養環境における通気組織形成に関与する可能性が想定されます(図1)。

幅広い環境ストレスに応答した通気組織形成のメカニズムの概要
図1. 幅広い環境ストレスに応答した通気組織形成のメカニズムの概要
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皮層細胞の選択的な細胞死によって形成される通気組織は、冠水環境において地上部から根に酸素を供給するとともに、乾燥環境や貧栄養環境において細胞を維持するコストを削減することにも貢献している。好気的環境では、イネにおいてオーキシン依存的に恒常的通気組織が形成されるが、イネ科の非湿生植物では通気組織形成はほとんどみられない。一方、冠水環境では、イネ科植物に共通してエチレンと活性酸素種を介した誘導的通気組織形成が起こる。貧栄養環境(窒素およびリンの欠乏など)では、エチレンに対する感受性が高まることで、エチレン依存的に通気組織形成が誘導される。乾燥環境での通気組織形成のメカニズムは未解明であるが、根の伸長を促進するという共通の目的から、貧栄養環境と同様にエチレン依存的に通気組織形成が誘導されることが想定される。

【成果の意義】

 本論文では、2000年から現在までに耐湿性の観点から進められた通気組織形成のメカニズムに関する研究の現状を総括しました。また、耐乾性や貧栄養耐性の観点から通気組織形成の役割を考察した研究を紹介し、それらのメカニズムに関する理解の現状についても紹介しました。その上で、気候変動に起因する様々な環境ストレスに対して耐性をもつ作物の育成に向けて、通気組織形成が重要な役割を担う可能性について議論し、各環境に依存した通気組織形成メカニズムの共通点と相違点を包括的に理解することの重要性を提案しました。この論文を契機として、通気組織形成という重要な農業形質の研究が更に発展することを期待します。

【用語説明】

  1. 注1)恒常的・誘導的通気組織形成:
     破生通気組織は、環境に依存せず根の成長にともない形成される恒常的通気組織と酸素の欠乏に応答して形成される誘導的通気組織に分けられる。イネなどの湿生植物は、好気的環境で恒常的通気組織を形成するが、トウモロコシなどの非湿生植物は形成しない(図1参照)。
  2. 注2)オーキシンシグナル伝達:
     オーキシンは植物の成長を調節する植物ホルモンの一群である。イネの根では、インドール-3-酢酸(Indole-3-acetic acid; IAA)が主な機能を担っている。遺伝子の転写のON/OFFを決めるタンパク質である転写因子auxin response factor(ARF)に結合して、その機能を阻害するタンパク質AUX/IAA protein(IAA)が、オーキシン応答的に分解されて調節されるシグナル伝達経路(図1参照)。
  3. 注3)エチレンと活性酸素種によるシグナル伝達:
     エチレン(C2H4)は、気体状の植物ホルモンであり、ACC合成酵素およびACC酸化酵素によって生合成される。活性酸素種はスーパーオキシドアニオンラジカル(O2・-)や過酸化水素(H2O2)に代表される酸素分子に由来する反応性の高い分子群である。外部環境に応答して、エチレン依存的にNADPH酸化酵素(植物ではrespiratory burst oxidase homolog; RBOH)が活性化され、O2・-が生成されることで調節されるシグナル伝達経路(図1参照)。

【論文情報】

掲載誌:Trends in Plant Science
論文タイトル:Mechanisms of Lysigenous Aerenchyma Formation under Abiotic Stress.
著者: Takaki Yamauchi, Mikio Nakazono (山内 卓樹、中園 幹生)
DOI:10.1016/j.tplants.2021.10.012
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1360138521003046

【研究費】

  • 国立研究開発法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR17Q8)
  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業「学術変革領域研究(A)」(JP20H05912)