植物が環境に適した根を作り出すメカニズムを解明
〜作物の根を栽培環境に最適化する品種育成への応用に期待〜

2026年2月10日
植物が環境に適した根を作り出すメカニズムを解明

 名古屋大学生物機能開発利用研究センターの李 京霞 研究員(当時)、同大学大学院生命農学研究科の三並 翔哉 博士前期課程学生、同大学生物機能開発利用研究センターの津田 勝利 特任講師、山内 卓樹 准教授の共同研究グループは、イネのGRASファミリー転写因子SCARECROW(SCR)がSHORT-ROOT(SHR)と協調的に根の内皮と皮層の分化を制御するとともに、放射方向の皮層細胞層数を制御する機能をもつことを解明しました。モデル植物のシロイヌナズナの根端分裂組織では、皮層-内皮始原細胞が放射方向に並層分裂することで、それぞれ1層の内皮と皮層が生み出されます。一方、イネをはじめとする多くの植物種の根端分裂組織では皮層-内皮始原細胞が並層分裂を繰り返すことで放射方向に複数層の皮層が形成されます。本研究では、イネのSCRが根の各組織を構成する放射方向の細胞層数のバランスを制御することで、生育環境に最適な組織サイズをもつ根を生み出すメカニズムの一端を解明しました。
 本研究の成果は、2026年2月10日付アメリカ植物生理学会の学会誌「Plant Physiology」電子版に掲載されました。

【ポイント】

  • ・イネは根の皮層に通気組織注1)と呼ばれる空隙を形成し、大気中の酸素を根端部まで効率的に供給することで酸素の欠乏した冠水土壌注2)に適応している。そのため、他のイネ科の畑作物と比べて根に占める皮層の割合が大きい。
  • ・モデル植物のシロイヌナズナでは、根端分裂組織注3)の皮層-内皮始原細胞注4)が並層分裂することでそれぞれ1層の内皮と皮層が生み出される。一方、イネの根端分裂組織では並層分裂が複数回起こることで、放射方向に複数の皮層が生み出される。
  • ・イネの根ではGRASファミリー転写因子のSCARECROW(SCR)とSHORT-ROOT(SHR)注5)が内皮と皮層を生み出すだけではなく、皮層の細胞層数を制御して根の内部の組織のバランスを最適化する役割を果たすことが明らかになった。

詳細(プレスリリース本文)はこちら
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload_images/20260210_nubs.pdf

【研究背景と内容】

 根を構成する組織は、内側から中心柱、皮層および表皮の順に並んでいます(図参照)。中心柱内の道管は、土壌中から吸収した養水分を地上部に輸送します。一方、皮層に形成される通気組織は、水田のように酸素の欠乏した冠水土壌において、根端部への効率的な酸素供給に寄与します。そのため、冠水土壌に適応したイネでは、コムギやトウモロコシなどの畑作物と比べて根に占める皮層の割合が大きくなっています。つまり、根の各組織のサイズは、植物の成長だけではなく環境適応にも深く関与する重要な形質です。
 シロイヌナズナの主根の根端分裂組織では、皮層-内皮始原細胞が並層分裂することで各々一層の内皮と皮層が生み出されます。一方、イネを含む全ての主要作物の主根(不定根)では皮層-内皮始原細胞が並層分裂を繰り返すことで、皮層が放射方向に複数層形成されます(図参照)。これらのことから、イネをはじめとする主要作物の根において皮層細胞層数を制御するメカニズムを解明することで、根の組織サイズの最適化による作物の成長や環境ストレス耐性の強化が可能になると期待されます。 
 植物の根における皮層の並層分裂は、GRASファミリーに属する転写因子であるSCARECROW(SCR)とSHORT-ROOT(SHR)によって制御されます。SHRは中心柱で転写・翻訳され、根の外側に向かって細胞間を移動します(図参照)。皮層-内皮始原細胞および内皮細胞ではSCRが転写・翻訳され、SHRと複合体を形成して核に移行することで、内皮細胞固有の性質を付与します。これらはシロイヌナズナの研究から明らかになっており、イネやその他の植物種が複数層の皮層を形成するメカニズムは未解明の点が残されていました。
 本研究では、植物が根に複数層の皮層を形成して組織サイズを適切に制御するメカニズムを解明するため、イネのGRASファミリー転写因子SCR1とSCR2に注目し、それらのタンパク質の組織局在や細胞内局在を解析しました(図参照)。さらに、SCR1とSCR2のゲノム編集系統(scarecrow)の皮層および中心柱の放射方向の細胞層数や各組織のサイズを解析しました(図参照)。これらの結果から、イネのSCR1とSCR2は、シロイヌナズナと同様に根において皮層-内皮始原細胞からの皮層の並層分裂を制御するだけではなく、中心柱と皮層の細胞層数のバランスを制御して組織サイズを適切に制御する機能をもつことを明らかにしました。

【成果の意義】

 地球規模の気候変動による農作物の湿害が深刻化しています。このような状況において、耐湿性の強い畑作物品種の育成が求められています。酸素の欠乏した冠水土壌において、植物は根の皮層に通気組織を形成して根端部に効率的に酸素を供給する機構を備えています。一方、通気組織を形成する場である皮層のサイズには種間差や品種間差があり、水田で栽培される水稲品種では皮層が大きいことが知られています。そのため、植物が皮層サイズを制御するメカニズムを理解することは、耐湿性の強い畑作物品種を育成するための一助になると期待しています。

【用語説明】

注1)通気組織:
破生通気組織は、葉や茎、根の柔組織に形成される空隙である。イネ科植物やマメ科植物など農業場重要なさまざまな植物種の根において、皮層細胞の選択的な細胞死による(破生)通気組織の形成が観察される。
注2) 冠水土壌:
冠水土壌は、長期的な降雨や水田転換畑のように水はけが悪い性質によって、土壌中に存在する気相が水に置き換わった状態を表す。冠水土壌では、植物の根や微生物の呼吸によって酸素が消費され、湿害が発生して畑作物の収量が低下する。
注3)根端分裂組織:
根の先端部分に存在する幹細胞(分裂活性の高い細胞)を多く含む組織であり、根端メリステムとも呼ばれる。静止中心と呼ばれる分裂活性をもたない細胞の周囲に位置する複数の幹細胞によって構成される。
注4)皮層-内皮始原細胞:
根端分裂組織に隣接する幹細胞の1つであり、根の放射方向に並層分裂して内皮細胞と皮層細胞を生み出す役割を果たす。
注5)SCARECROWおよびSHORT-ROOT:
GRASファミリー転写因子は、植物に特有の転写因子のファミリーであり、植物ホルモンのシグナル伝達や根の組織構造の形成を始めとする発生に深く関わる。SCARECROW(SCR)とSHORT-ROOT(SHR)は根の内皮-皮層始原細胞において内皮と皮層を生み出す並層分裂を制御する機能をもつ。

【論文情報】

雑誌名:Plant Physiology
論文タイトル:SCARECROW functions in the root radial patterning in rice to organize multiple cortical cell layers(イネの根においてSCARECROWは放射方向のパターン形成を通して複数層の皮層を生み出す役割を果たす)
著者:Jingxia Li, Shoya Minami, Katsutoshi Tsuda, Takaki Yamauchi(李京霞, 三並翔哉, 津田勝利, 山内卓樹)
DOI: doi.org/10.1093/plphys/kiaf677
URL: https://doi.org/10.1093/plphys/kiaf677

【研究費】

文部科学省科学研究費助成事業学術変革領域(A)「不均一環境と植物」、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)および内藤記念科学奨励金・研究助成