作物の環境ストレス応答のスイッチとして機能する活性酸素種の生成機構

2025年10月14日
作物の環境ストレス応答のスイッチとして機能する活性酸素種の生成機構

 名古屋大学生物機能開発利用研究センターの山内卓樹准教授は、作物の病害応答(生物的ストレス応答)および冠水応答(非生物的ストレス応答)において活性酸素種のシグナル伝達が鍵となることを紹介しました。また、細胞膜上でアポプラストでのスーパーオキシドアニオンラジカル(O2・-)の生成を担う酵素であるrespiratory burst oxidase homolog(RBOH)の転写調節および翻訳後修飾が、それらの環境ストレス応答のスイッチとしての役割を果たす最近の研究報告を総合し、RBOHの発現部位や機能を調節することで、作物の環境ストレス耐性を強化するアプローチの可能性について考察しました。なお、本論文はHeらのコムギの病害応答過程におけるRBOHの転写調節に関する論文の紹介を兼ねて執筆したSpotlight記事です。
 本研究成果は、2025年10月14日付中国科学雑誌「Molecular Plant」電子版に掲載されました。

【ポイント】

  • ● RBOH注1)の転写調節と翻訳後修飾が活性酸素種注2)の生成を介して葉における病害応答注3)に重要な役割を担うことが知られている。
  • ● 同様に、RBOHの転写調節と翻訳後修飾が活性酸素種の生成を介して冠水土壌注4)での不定根の発生注5)や通気組織形成注6)を制御することが知られている。
  • ● 葉や根におけるRBOHの転写調節や翻訳後修飾をゲノム編集注7)によって最適化することで、複合的な環境ストレス耐性の強化を実現できる可能性がある。

【研究背景と内容】

 最近、世界的に甚大な経済的被害をもたらしているコムギ黄さび病菌に対するコムギの抵抗性のメカニズムの一端が解明されました。コムギの葉はW-boxと呼ばれる塩基配列に結合して機能するWRKYファミリー転写因子注8)によってRBOH遺伝子の転写を調節し、活性酸素種の生成を促進して葉における病原体の増殖を防いでいます。一方、病害応答の過程ではMitogen-Activated Protein Kinase(MAPK)注9)がWRKYをリン酸化してRBOH遺伝子の転写を促進することや、カルシウム依存的リン酸化酵素(calcium-dependent protein kinase; CDPK)注10)がRBOHをリン酸化して、活性酸素種を生成する機能を活性化することも知られています。これらのことから、RBOHの転写調節と翻訳後修飾が作物の病害応答のスイッチであることがわかります。
 最近ではイネの冠水応答の際の不定根の発生と通気組織形成がRBOHの転写調節とCDPKによるリン酸化によって制御されることが報告されました。イネの冠水応答の際のRBOHの転写調節にWRKY転写因子が関与することは明らかにされていませんが、葉での病害応答と根における冠水応答のメカニズムには共通の点が多く存在します。これらのことから、病害応答や冠水応答に共通するRBOHの転写レベルや発現部位、活性酸素種を生成するタンパク質の機能をゲノム編集によって適切に調節することで、作物の病原体に対する生物的ストレス応答と冠水などに対する非生物的ストレス応答を高めることができると考えられます。それを実現するためには、RBOH遺伝子や関連するリン酸化酵素遺伝子の葉や根における細胞レベルの転写調節やリン酸化によるRBOHタンパク質の機能の調節をより詳細に理解する必要があります。

【用語説明】

注1)RBOH:
NADPHオキシダーゼの植物ホモログ(respiratory burst oxidase homolog; RBOH)は、細胞膜に局在して細胞膜外の間隙(アポプラスト)において酸素からスーパーオキシドアニオンラジカル(O2・-)を生成する。

注2)活性酸素種:
活性酸素種(reactive oxygen species; ROS)は、酸素(O2)が還元されて生じる反応性(酸化力)の高い分子および関連する分子群の総称である。ROSには、スーパーオキシドアニオンラジカル(O2・-)、ヒドロキシルラジカル(OH)、過酸化水素(H2O2)などがある。ROSは生体内でシグナル分子として機能して様々な生命現象を制御する。

注3)病害応答:
免疫応答とも呼ばれ、植物が病原体(細菌やウイルスなど)の侵入を感知して機能させる防御システムの総称です。パターン誘導免疫(pattern-triggered immunity; PTI)とエフェクター誘導免疫(effector-triggered immunity; ETI)に分類され、RBOHは両方の免疫応答に関与する。

注4)冠水土壌:
水田転換畑のように水はけの悪い土壌では、長期的な降雨によって土壌中の気相が水に置き換わり、植物の根が呼吸するために必要な酸素が失われるため、湿害が発生して畑作物の収量が低下する。

注5)不定根:
不定根は、イネでは冠根とも呼ばれ、幼根(種子胚の発生過程で形成され、双子葉植物では後に主根となる)以外の根である。イネの幼根は生育の過程で機能を失うが、複数の不定根から構成される“ひげ根状の根系”を形成する。

注6)通気組織:
破生通気組織は、葉や茎、根において細胞死をともなって形成される空隙である。イネ科植物の根の皮層に形成される(破生)通気組織は、冠水による低酸素に応答してエチレンや活性酸素種の蓄積に応答して形成される。

注7)ゲノム編集:
ゲノム編集は、標的とする特定の遺伝子の塩基配列を改変し、遺伝子の機能を破壊または改変する技術である。遺伝子組換えとは異なり、自然変異によっても生じ得る変異であるため、新育種技術として注目されている。

注8)WRKYファミリー転写因子:
植物に特異的な転写因子のファミリーで、一般的に50以上のWRKY遺伝子が各植物種のゲノムに座乗している。WRKYドメインを介してW-boxと呼ばれる標的遺伝子プロモータ上の特徴的なDNA配列に結合して転写を調節している。

注9)Mitogen-Activated Protein Kinase(MAPK):
真核生物の細胞内シグナル伝達において重要な役割を果たすタンパク質リン酸化酵素ファミリー。標的タンパク質のリン酸化を介して細胞の増殖・分化・ストレス応答などを統合的に制御する。

注10)Calcium-Dependent Protein Kinase; CDPK:
カルシウム依存性プロテインキナーゼ(CDPK)は、細胞内に存在するCa2+に依存して活性化されることで、標的とするタンパク質をリン酸化する酵素である。病害応答や冠水応答の過程でRBOHをリン酸化して活性化する。

【論文情報】

雑誌名:Molecular Plant
論文タイトル:Turning on the transcriptional and post-translational switches of RBOH triggers crop stress responses(RBOHの転写調節および翻訳後修飾が作物のストレス応答のスイッチとして機能する)
著者:Takaki Yamauchi(山内 卓樹)
DOI: doi.org/10.1016/j.molp.2025.10.009
URL: https://www.cell.com/molecular-plant/fulltext/S1674-2052(25)00359-4

【研究費】

日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)(25K01984)