イネの遺伝子発現予測が大幅向上
~光と温度を独立制御した大規模データ活用で、複合環境応答メカニズムの解明に前進

名古屋大学 生物機能開発利用研究センターの永野 惇 教授、高崎健康福祉大学大学院農学研究科 橋田 庸一 講師、奈良女子大学理学部 京極 大助 准教授らの研究グループは、野外環境の大規模データと、人工的な独立制御環境(73条件)で得られた体系的なデータを組み合わせることで、野外環境における遺伝子発現の予測精度を大幅に向上させました。
本研究成果は、2025年7月28日付英国の科学雑誌「Genome Biology」に掲載されました。
【ポイント】
- ● これまでの野外環境データだけでは区別が難しかった、「光」と「温度」がそれぞれイネの遺伝子発現に与える影響を、世界で初めて明確に区別して解析することに成功しました。
- ● イネの遺伝子発現は、気温よりも日射量の変化によって支配的に制御されていることを明らかにしました。
- ● 野外環境データと、人工的な独立制御環境(73条件)で得られた大規模データを組み合わせることで、野外環境における遺伝子発現の予測精度を大幅に向上させました。
- ● 本研究は、複雑な野外環境下での植物の応答メカニズムを解明し、将来的な作物改良や生産性向上に役立つ新しいデータ解析アプローチを示しています。
【背景】
植物は、日々の天候や季節の変化(光、温度など)に合わせて遺伝子の働き(遺伝子発現)を変化させ、環境に適応しています。これまで、私たちは野外で得られた気象データからイネの遺伝子発現を予測する統計モデルを開発してきました。
しかし、植物の生育に最も重要な環境要因である光(日射量)と温度は、野外では常に連動して変化します(晴れた日は明るく、気温も高い)。この相関関係のため、これまでの研究では「遺伝子の働きが光によるものか、温度によるものか」を正確に区別することが非常に困難でした。
【成果】
本研究では、この長年の課題を解決するため、光と温度を独立して変化させた73種類もの人工的な制御環境でイネを育て、大規模な遺伝子発現データ(トランスクリプトーム)を取得しました。
この制御環境のデータと従来の野外データを組み合わせて統計モデルを構築し直した結果、野外でのイネの遺伝子発現のダイナミクスは、温度よりも「光(日射量)」によって支配的に制御されていることが明らかになりました。
さらに、制御環境下のデータを組み込むことで、野外環境下における遺伝子発現の予測精度を格段に高めることに成功しました。
【結論と今後の展望】
本研究の成果は、「人工的な独立制御環境下で体系的にデータを取得する」というアプローチが、複雑な野外環境における植物の環境応答メカニズムを理解し、その予測精度を向上させる上で有効であることを示しています。
この新しい手法は、将来的に様々な作物の品種改良や、環境変動下でも安定した生産を可能にする農業技術の開発に大きく貢献するものと期待されます。
【論文情報】
雑誌名:Genome Biology
論文タイトル:Field-crop transcriptome models are enhanced by measurements in systematically controlled environments(作物野外トランスクリプトームモデルは、体系的に制御された環境下での測定によって強化される)
著者:Yoichi Hashida, Daisuke Kyogoku, Suguru E. Tanaka, Naoya Mori, Takanari Tanabata, Hiroyuki Watanabe & Atsushi J. Nagano(橋田庸一、京極大助、田中克、森直哉、七夕高也、渡邊博之、永野惇)
DOI: 10.1186/s13059-025-03690-8
URL: https://link.springer.com/article/10.1186/s13059-025-03690-8
【研究代表者】
生物機能開発利用センター 永野 惇 教授