ゲノム編集を用いた新たな育種戦略
〜強すぎず弱すぎず『丁度よい』突然変異を作って収量を増やす〜

2020年6月4日

 名古屋大学大学院生命農学研究科の河合 恭甫 大学院生、生物機能開発利用研究センターの上口 美弥子 教授らの研究グループはイネの草型を制御する遺伝子の研究を行っており、これまでにイネ「緑の革命」の原因遺伝子「SD1」を発見するなど、イネの遺伝育種分野において重要な研究成果を数多く発表しています。これらの研究成果を背景として、今回、Molecular Plant誌にゲノム編集技術を用いた新しい育種戦略を発表しました。

 この新しい育種戦略は、多大な労力と時間を必要とする従来のゲノム育種に比べて、これらの大幅な削減が可能な上、複数の遺伝子が関与する複雑形質にも対応できることが特徴です。

 本解説記事は、2020年6月1日付(米国東部時間)植物科学のトップジャーナル「Molecular Plant」VOLUME 13に掲載されました。

【ポイント】

  • ●ゲノム編集を用いて、複数の農業形質関連遺伝子の能力を変えた多数の突然変異体を作り出し、収量が最も高くなる遺伝子の組み合わせを持った系統(例えば、適度な草丈と適度な穂数)を作り出す育種の新戦略を提案した。
  • ●この育種は、従来の育種手法と比較して大幅に時間と労力が削減できるだけでなく、従来手法ではできなかった、複数遺伝子について同時に有効な突然変異を選抜することが可能で、育種の有効性が大幅に向上できることが特徴。

【研究背景と内容】

 1960年代、フィリピンで「IR8」というイネ品種が育成されました。ミラクルライスとも呼ばれるこの「IR8」により世界のコメの生産量は劇的に増加し、『緑の革命』と呼ばれました。この「IR8」は草丈が低く分げつ(注1)が多いといった特徴があり、この特徴的な草型が「IR8」の収量増加の要因とされています。
 しかし、このようなイネの収量増加に役立つ突然変異を見つけ出し、それらを交配して新しい品種を作り出すのは容易ではありません。膨大な突然変異集団から「適度に背が低い突然変異体(高すぎるとイネが倒れ、低すぎると収量が減少)」と「適度に分げつが多い突然変異体(多すぎると米粒が小さく貧弱に、少なすぎると収量が減少)」を選抜する必要があり、それには大変な時間と労力、コストがかかります。収量増加に貢献できる有用な突然変異(収量に関与する遺伝子の機能が強すぎても弱すぎても実質的収量にはマイナスとなる)を持った突然変異個体はごく僅かしか存在せず、利用価値の高い『丁度よい』突然変異体の探索にかかる時間や労力は育種において大きな障壁となっていました。

図1.CRISPR/Cas9を利用した新しい育種戦略

 本論文では、近年注目の高まるゲノム編集技術を用いて、『丁度よい』強さの突然変異を持つ個体を効率的に作り出す方法を提案しました(図1)。この方法では、先ず有用遺伝子(例えば、背丈を決める遺伝子)に様々なDNA変異を導入して、この遺伝子の機能の強さが様々に異なる突然変異集団を作り出します(図の上段)。最近のゲノム編集技術は標的遺伝子上の様々な箇所に同時に沢山のDNA変異を引き起こすことが出来るため、従来の手法より遙かに少ない労力で多数の突然変異個体を作り出すことが可能となり、この中から「背丈が高すぎず・低すぎずの『丁度よい』最適な変異を持つ個体」が選び出せます。
 さらにこの技術は異なる複数遺伝子へ同時にDNA変異を引き起こすことが可能なため、例えば「背丈を決める遺伝子」と「分げつ数を決める遺伝子」の2つの遺伝子のDNAを同時に変えることが出来るため、「『丁度よい』背丈と『丁度よい』分げつ数を持ったイネ」を同時に作り出すことが可能になります。

【成果の意義】

 農家が栽培するのにフィットした『丁度よい』形質(例えば、草丈、分げつ数、一穂粒数、開花期等々)を持った新品種を、短期間にこれまでの方法に比べて遙かに少ない労力で作り出すことを可能にする新しい育種方法を提案した。

【用語説明】

(注1) 分げつ
 イネにおける分枝。分げつ数はイネの収量やバイオマスに関わる重要な形質のひとつ。

【論文情報】

掲載誌:Molecular Plant
論文タイトル:Future Strategy of Breeding: Learn by Two Important Genes of Miracle Rice.
著者: Kyosuke Kawai, Miyako Ueguchi-Tanaka, Makoto Matsuoka
河合 恭甫、上口(田中)美弥子、松岡 信
DOI: 10.1016/j.molp.2020.05.001

【研究者連絡先】

名古屋大学生物機能開発利用研究センター
上口 美弥子 教授または松岡 信 教授
TEL:052-789-5225 FAX:052-789-5226
E-mail:
mueguchi[at]nuagr1.agr.nagoya-u.ac.jp
makoto[at]nuagr1.agr.nagoya-u.ac.jp