モノーが提唱したアロステリック制御メカニズムの一端を解明
一植物ホルモンの代謝酵素は、植物ホルモンを介在させる多量体化により活性調節されていた!一

2020年05月27日

 名古屋大学生物機能開発利用研究センターの上口(田中)美弥子教授と竹原清日研究員らの研究グループは、量子科学技術研究開発機構の桜庭俊研究員、名古屋大学シンクロトロン光研究センターの永江峰幸助教らとの共同研究で、いくつかの成長に関わる植物ホルモンの代謝酵素が、植物ホルモンの濃度に応じてタンパク質レベルで巧みに恒常性を制御・維持することで、植物の成長を調整していることを初めて明らかにしました。
 今回、構造解析と分子動力学的シミュレーションを組み合わせることにより、植物ホルモンの一つであるジベレリン及びオーキシンの代謝酵素が可逆的に植物ホルモン濃度依存的な多量体構造を形成し、それに伴って活性を上昇させることを見出しました。このような調節は、古くは、モノーのアロステリック酵素として提唱されていた概念ですが、そのシステムが植物ホルモンの可逆的な調整システムとして進化の中で何回か独立して誕生し、共通に進化させてきたことも示唆されました。
 この結果により、このような多量体形成を利用して、様々な植物ホルモン応答を人為的に制御できることが期待されます。
 本研究成果は、令和2年5月1日付 英国科学誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。
 この研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 新学術領域研究『新種誕生原理』、基盤研究(B)、並びに日本医療研究開発機構(AMED)創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)事業の支援のもとで行われたものです。

【ポイント】

  1. 1. 構造解析と分子動力学的シミュレーションを組み合わせることにより、植物ホルモンの一つであるジベレリンの代謝酵素(GA2酸化酵素: GA2ox3) 及びオーキシン不活化酵素(オーキシン酸化酵素: DAO)が可逆的に植物ホルモン濃度依存的な多量体形成と活性増大化を引き起こすことを見出した。
  2. 2. モノーが提唱したアロステリック制御が植物ホルモンの代謝系に働いており、その分子メカニズムを新たに提示できた。
  3. 3. ジベレリン及びオーキシンの恒常性を維持するアロステリック制御システムは、進化においてそれぞれ独立して確立された。

【研究背景と内容】

 植物の生存にとって、成長するのか、またはそれを止めるのかということは非常に重要な選択です。そのため植物は、植物ホルモンの生合成や代謝に関連する遺伝子の発現を巧妙に制御することで、成長を調整しています。しかし、タンパク質レベルではどのように植物ホルモンの恒常性を調節しているのか、これまで分かっていませんでした。
 そこで今回、植物ホルモンの不活化酵素がどのように翻訳後調節を行い植物の恒常性を維持しているのかを明らかにするため、ジベレリン (GA) の不活化酵素であるイネGA2酸化酵素OsGA2ox3)及びオーキシン(IAA) 不活化酵素であるOsDAOのX線結晶構造解析 (注1) に取り組みました。その結果、初めてこれら酵素の構造解析に成功し、OsGA2ox3は4量体、OsDAOは2量体を形成しており、それぞれの基質であるGA4およびIAAが分子界面で架橋することにより、多量体を形成していることが分かりました (図1)。

図1. OsGA2ox3の全体構造:サブユニットB-C間及びA-D間 に活性中心とは別の基質GA4が結合して多量体構造を形成していた。この分子界面にあるGA4の結合には308番目のリジン残基(K308) が必須であった。

 この基質を介した多量体化はGA4およびIAA濃度の増加とともに徐々に進行し、それに伴い酵素活性がシグモイダルに上昇しました (図2A)。さらに、これら不活化酵素の代謝メカニズムついて検討するため、分子動力学シミュレーションによる蛋白質のダイナミクスを解析したところ、多量体化したOsGA2ox3の分子界面にあるGA4は、低いエネルギー障壁で活性部位に入ることが明らかとなりました (図2B)。

図2. (A) GA4とのインキュベート時間を変えていき、その時間での活性を測定したところ、GA濃度が上昇するにつれ多量体構造を形成しそれに伴い、活性が上昇した。多量体形成に関与するアミノ酸をAlaに置換した変異体では、活性の上昇は見られなかった。 (B) GA4の位置特異的な安定性を表す自由エネルギーの地形。分子間と活性部位に局所的なエネルギーの極小値が存在する (GA4がこれらの位置で安定であることを示す) 。さらに、分子間にあるGAが活性中心にローディングしてくる際に、赤と青で示した2つのルートがあることが分かった。どちらのルートの場合もエネルギーの障壁が低く、自発的に活性中心へ入っていくことが明らかとなった。

 これらのことから、植物では基質レベルに基づいて単量体-多量体スイッチングが起こり、結果として生じる立体構造変化が代謝酵素の活性を高めて植物ホルモンの恒常性を維持する共通のシステムが存在することが示唆されました (図3)。このことは、モノー (注2)が提唱したアロステリック制御が植物ホルモンの代謝系に働いていることと、その分子メカニズムを新たに提示できたことを意味します。
 また、この同様のアロステリック機構に基づいたGA及びIAAレベルを維持するシステムは、進化においてそれぞれ独立して確立されたことも分かりました。アロステリック反応性の変化に必須なリジン(またはアルギニン)残基 (OsGA2ox3におけるK308) は、GA2oxに存在する2つのタイプC19型 (裸子植物の時代に誕生) 及びC20型 (被子植物の初期に誕生)、そしてDAO (被子植物の初期に誕生) の全てで保存されており、実際、C20型のOsGA2ox6もGA依存的な多量体形成を示しました。GA2oxやDAOは、p450に次いで植物に多い酸化酵素である2-オキソグルタル酸依存性ジオキシゲナーゼ(2ODD)に属しますが、これらの事実は、GA及びIAA代謝酵素がこの塩基性アミノ酸(リジンまたはアルギニン)を持つ2ODDからそれぞれ裸子および被子植物の時代に独立に誕生することで、単量体-多量体スイッチングと酵素活性の増大という新たな調節機構を獲得し得たと考えられました。

図3. 本研究の要点。基質GA4やIAAが多くなると多量体を作り代謝活性を上昇させる機構。多量体になると、分子間にあるGA4やIAAが次の反応のための基質として活性ポケットに転がり込むことが可能となり、反応速度論的に反応性が上昇することが示された。その際、gateと名付けた活性中心を覆う蓋のような構造が開閉することで、基質(生成物)が出入りすることも示唆された。

【成果の意義】

 これまで、植物において2ODDに属する酵素が本来の基質と結合した状態で構造が解かれた例はありませんでしたが、今回初めてイネGA2ox及びDAOの構造解析に成功しました。これにより、他の2ODDが関与する植物ホルモンの合成と代謝、一次二次代謝物の合成と代謝のリガンド認識や制御の解明にもつながる可能性があります。
 また、今回明らかにした活性制御システムを用いることで、不活化酵素の活性を調節し、イネの作物生産性の向上や高バイオマス植物の作出への応用が期待できます。

【用語説明】

(注1) X線結晶構造解析
 X線の回折の結果を解析して結晶内部の原子の座標(原子がどのように配列しているか)を決定する手法で、タンパク質の3次元構造を決定できる手段。
(注2) モノー
ジャック・リュシアン・モノー(Jacques Lucien Monod)はフランスの生物学者。フランソワ・ジャコブとともにフィードバックによる遺伝子転写調節を説明したオペロン説を提唱し、1965年度ノーベル生理学医学賞を受賞した。1963年には、生体内のある種の低分子化合物(エフェクター)が、酵素など、生物作用を示すタンパク質の活性部位以外の部位に結合することによって、活性部位の機能を阻害したり促進したりする調節効果をアロステリック効果と名付けた。

【論文情報】

掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:A common allosteric mechanism regulates homeostatic inactivation of auxin and gibberellin
著者: Sayaka Takehara, Shun Sakuraba, Bunzo Mikami, Hideki Yoshida, Hisako Yoshimura, Aya Itoh, Masaki Endo, Nobuhisa Watanabe, Takayuki Nagae, Makoto Matsuoka, Miyako Ueguchi-Tanaka
竹原清日、桜庭俊、三上文三、吉田英樹、吉村久子、伊藤亜矢、遠藤真咲、渡邊信久、永江峰幸、松岡信、上口(田中)美弥子
DOI: 10.1038/s41467-020-16068-0