「浮きイネ」の仕組みと起源を解明! ~洪水で沈んでも背を伸ばして生き延びる~

2019年05月01日

名古屋大学生物機能開発利用研究センター 芦苅 基行 教授、東北大学 生命科学研究科 黒羽 剛 助教らの共同研究グループは、洪水に適応し、背丈を急激に伸長させて生き延びることができる「浮きイネ」を制御する鍵遺伝子を発見し、その分子機構と起源を明らかにしました。
本研究成果によって、長期間、洪水が続いても生存可能なイネ品種の開発や、環境に応じてイネの背丈を人為的に制御する技術の確立が期待されます。
この研究成果は、2018年7月13日付の米国科学雑誌「Science」オンライン版に掲載されました。

ポイント

  • 「浮きイネ」が洪水に応答して背丈を伸長させるための鍵遺伝子SD1を発見した。
  • 浮きイネが水没すると、SD1 タンパク質の働きにより植物ホルモンの1つであるジベレリンが生産され、急激な背丈の伸長を引き起こす。
  • 人類は、イネの祖先においてSD1 遺伝子に生じた変異を利用した。

研究背景と内容

植物は、これまで様々な過酷な環境に適応する進化を遂げてきました。植物の生存に水は必須ですが、水没してしまうほどの大量の水は生存を脅かします。東南アジアでは、毎年雨期になると水かさが数メートルにもなる洪水が発生し、この過酷な環境が約4~5ヶ月続くこともあります。この過酷な環境では、ほとんどの植物は生きていけませんが、バングラデシュをはじめとしたアジアの洪水地帯で栽培される「浮きイネ」は、ユニークな進化を遂げてきました。浮きイネは、完全に水没してしまうような洪水が長期間続いても、急激に草丈(イネの身長)を伸ばして水面から葉を出し生き延びることができます(図1)。この伸長能力は非常に高く、時には草丈が数メートルに至るほどです。しかし、その詳細な仕組みや起源については明らかになっていませんでした。

そこで私たちは、ゲノムワイド関連解析注1)および連鎖解析注2)と呼ばれる遺伝学的手法を用いることにより、浮きイネの水没に応答した草丈の伸長に関わる鍵遺伝子としてSD1 (SEMIDWARF1) 遺伝子を発見しました(図2)。イネは水没すると、エチレン注3)と呼ばれるガス状の植物ホルモンを発生し体内に蓄積します。続いて、OsEIL1aというタンパク質注4)が蓄積し、これがSD1遺伝子に働き掛けて SD1 タンパク質を多量に生産させることがわかりました。SD1 タンパク質は、植物の草丈を伸長させる機能を持つ植物ホルモンであるジベレリン注5)を合成する酵素タンパク質です。また、一般的なイネも SD1 タンパク質を保持していますが、浮きイネの SD1 タンパク質の酵素活性は、一般的なイネのものよりも圧倒的に高いことも判明しました。さらに、一般的なイネが成長するときには主にGA1と呼ばれるタイプのジベレリンを生産しますが、浮きイネの SD1 タンパク質は、GA1よりもGA4と呼ばれるタイプのジベレリンを約20倍も多く生産する能力を持つことが明らかになりました。GA4はGA1に比べてより強く草丈の伸長を誘導します。以上のような巧妙なメカニズムにより、浮きイネは水没するとGA4を効率良く生産し、草丈の急激な伸長を引き起こしていることが明らかになりました。

一方、私たちは、浮きイネのSD1遺伝子を手掛かりにして、様々なイネの遺伝子情報を比較することにより、浮きイネの起源にも迫りました。現在、私たちが栽培しているイネは、野生イネと呼ばれるイネの祖先から約8,000年の年月をかけて栽培化されたと考えられています。私たちは、浮きイネのSD1遺伝子が、南アジアや東南アジアに生息していた一部の野生イネにおいて生じた変異注6)に由来することを明らかにしました。さらに、この変異を持つ浮きイネSD1遺伝子は、バングラデシュにおける浮きイネの栽培化に利用されたことも判明しました。

SD1遺伝子は別名「緑の革命遺伝子」とも呼ばれ、この遺伝子の機能を喪失したイネ(半矮性イネ)は、ジベレリンの含量が低下することで草丈が低くなり、台風などの強風や豪雨でも倒れにくくなります(背の高いイネは収穫時に風雨に遭うと倒伏します)(図3左)。1960年代以降、この機能喪失型の SD1 遺伝子 (sd1) を保持した系統が数多く作出されました。これらの系統は化学肥料と共に利用され、倒伏せず高収量あるため、アジアで広く利用されました(緑の革命)。現在でもアジアで育成される多くのイネ品種がsd1を保持していることからも、この遺伝子が人類にとってどれだけ重要かがわかります。一方、浮きイネはSD1遺伝子の機能を逆に強化させることで、洪水時に急激に草丈を伸ばすことができるようになったと言えます(図3右)。人類は、同じ遺伝子の異なる変異を用いて、草丈を低くする方向だけでなく、逆に高くする方向への育種にも利用していたことが明らかになりました。

成果の意義

本研究による浮きイネの洪水への適応メカニズムの解明を通して、イネは同じ機能を持つ遺伝子であっても、その働き方を変えることにより、様々な環境への適応能力を獲得し育種に利用されてきたことがわかりました。また、本研究により、これまで不明であった浮きイネの起源が初めて明らかにされました。近年、世界各地において降水量の減少による乾燥・砂漠化や、多雨による大洪水といった異常気象が相次いで報告されています。今回明らかになった成果を応用することにより、高収量の浮きイネ品種の開発や、様々な環境変化に応じてイネの草丈を調整する技術の確立が期待されます。

参考図

図1.水没に対する浮きイネの草丈の伸長

用語説明

注1)ゲノムワイド関連解析
生物は個体や系統などにより、大きさや病気に対する抵抗性などの様々な性質(形質)を持っている。多数の系統のDNA配列データと形質データを統計解析し、それぞれの形質に関連する遺伝子について染色体上の位置を検出する遺伝学的手法。GWAS(ジーバス)とも呼ばれる。
注2)連鎖解析
遺伝学的な特性(連鎖)を利用することにより、ある形質に関連する遺伝子について染色体上の位置を決める手法。2つの親に由来する雑種集団を用いる点がゲノムワイド関連解析とは異なる。
注3)エチレン
ガス状の植物ホルモンで、植物が傷ついたときの防御反応の誘導や、果実の成熟促進などの機能を持つ。
注4)OsEIL1a
DNAに特異的に結合する転写因子と呼ばれるタンパク質の1つ。イネ植物体内のエチレンの情報を受け取り、エチレンへの応答に関連する遺伝子を働かせる機能を持つ。
注5)ジベレリン
植物ホルモンの一種。植物において細胞の伸長促進や、種子の発芽促進などの機能を持つ。ジベレリンには複数の種類が存在し、イネ植物体における通常の栄養成長期には、GA1が主要なジベレリンとして存在している。
注6)変異
同一種あるいは1つの集団内の個体間にみられる形質の違い。主に遺伝子の違いによって生じる遺伝的変異を指し、浮きイネのSD1遺伝子にみられる変異はDNAの塩基配列の違いに由来する。

掲載雑誌、論文名、著者

雑誌名
Science
論文タイトル
"An Ethylene-Gibberellin Signaling Underlies Adaptation of Rice to Periodic Flooding"
著者名
Takeshi Kuroha, Keisuke Nagai, Rico Gamuyao, Diane R. Wang, Tomoyuki Furuta, Masanari Nakamori, Takuya Kitaoka, Keita Adachi, Anzu Minami, Yoshinao Mori, Kiyoshi Mashiguchi, Yoshiya Seto, Shinjiro Yamaguchi, Mikiko Kojima, Hitoshi Sakakibara, Jianzhong Wu, Kaworu Ebana, Nobutaka Mitsuda, Masaru Ohme-Takagi, Shuichi Yanagisawa, Masanori Yamasaki, Ryusuke Yokoyama, Kazuhiko Nishitani, Toshihiro Mochizuki, Gen Tamiya, Susan R. McCouch, and Motoyuki Ashikari
DOI:10.1126/science.aat1577